U.S.M16A2
性能:

全長        999mm
銃身長        536mm
重量         3.53kg
使用弾薬   5.56mm×45
装弾数        30
初速        1000m/S


左は利史さんからいただいたM16A2を持ったねーちゃんです。
一応とあるゲームのキャラクターなのですが、マイナーなゲームなので言わない(;_;)

 ボルトアクションライフル時代は8mmクラスの銃弾を使用していた。ただ、19世紀末は8mmクラスからさらに下の口径も試された。スウェーデン・イタリアなどでは6.5mm口径のライフルが採用された。ちなみに日本でも日本人と体型が似ているイタリアを模範としたために6.5mm口径のライフルである38式歩兵銃を採用している。試験レベルでは6mmや5mmといったライフル弾も作られて試験されているが、当時の無煙火薬技術ではそこまで小口径にはできなかったようで研究はやがてなされなくなった。ちなみに20世紀初め頃に5mm口径で初速約900m/sで発射できたとする記録がある。
 小口径ライフルの研究がされなくなった大きな理由に機関銃があった。機関銃は威力ある弾を大量に遠くに飛ばしてナンボの兵器だった。当時の機関銃は本体重量だけでも20kgを越えたのだから、多少は反動が強かろうが本体と3脚で反動はほとんど吸収されたのだから、威力があるに越したことはなかった。当時は歩兵用ライフル弾と機関銃弾は同一が望ましかったから、小口径ライフルの開発はなされなくなり、逆に7.5mmクラスのライフルに回帰しつつあった。6.5mm弾を採用していた日本・イタリアは第二次大戦開戦直前にそれぞれ7.7mm・7.35mmに歩兵用ライフルの口径をボアアップした。


 第二次大戦が終わって、ボルトアクションライフルは今後の戦いに適さないのは良く分かった。歩兵用ライフルにはオートマチック射撃、できればバースト射撃ができるライフルを配備させるのが望ましかった。第二次大戦中でもドイツだけは弾の威力を落とした突撃ライフルというジャンルの銃を完成させ実戦投入していたが全軍配備にはいたっていなかった。1950年代初めになってソビエトがAK47という突撃ライフルを配備し始めた。西側諸国も1950年代中頃からFN社のFAL等のフルオート可能な自動ライフルを開発生産し各国で採用されていった。
 アメリカでも戦後しばらくはM1ガーランドライフルを歩兵ライフルとして採用していた。このライフルで第二次大戦を勝利し朝鮮戦争では互角以上に戦ったため銃自体に不満はなかった。ただ、兵士からはある不満があった。分隊に1丁はBAR軽機関銃が配備されていたが、これはフルオートで撃てるのに自分の銃は単発でしか撃てないというものだった。実際、BAR軽機関銃射手が射撃を始めると歩兵はうらやましくなって自分の射撃を止めたという話もつたわっている。
 この不満を解消すべく開発されたのがM14ライフルだった。弾薬を.30-06(7.62mm×63弾)から.308ウィンチェスター(7.62mm×51弾)に変更し、歩兵用ライフルの銃弾でもなんとかフルオート射撃が可能なように威力を若干落とした。この弾薬はNATO軍の盟主的存在だったアメリカで採用されたためにNATO諸国にも押しつけてNATO弾として採用された。落としたとはいっても反動は強くイギリスのFALのように意味がないとしてフルオート機能を省略した国も出た。

 1965年。アメリカはベトナムの紛争を解決すべく、ベトナム民主共和国(北ベトナム)に爆撃を開始。いわゆる北爆を始め、ベトナム国(南ベトナム)へ大規模な戦闘部隊を派遣し南ベトナムの共産勢力を一掃せんと行動した。ベトナムの地形はジャングルが多く、また平坦な土地もあまりなかったために、銃撃戦となるとその距離はあまり離れなかった。遠距離射撃の代名詞とも言える狙撃兵でも、ベトナム戦争での統計では狙撃距離は平均171mという結果が出た。無論中途半端な距離を報告するはずもないので、現実には171m以内の狙撃が圧倒的に多かったのを意味する。300mとかそういった距離での銃撃戦を想定して作られたM14ライフルは不必要に威力があり、フルオート射撃も最初の1発以外の命中は期待できなかった。

 ところで、アメリカ空軍ではこの時期に5.56mm×45弾使用のM16突撃ライフルが採用されていた。これは基地防衛用にM2カービンの代わりとして採用されたもので、M2カービンよりも威力があり、撃ちやすいという評価もあった、銃の本体重量も軽いので空港警備で巡回するにはうってつけで使用者の評判は上々だった。やがて南ベトナム軍からも発注が来て、その評判を聞きつけたアメリカ陸軍もテスト採用を行った。本格的な戦闘部隊で使用してみるといくつかの欠点が露出したが、その問題もなんとか解決してゆき、1967年にはM16E1として制式採用された。撃ちやすいために新兵でも命中が期待できた。不意の遭遇戦でも即座に対応できたし、また重量がM14ライフルと比べても1kg以上も軽いために重量物を携行しなければいけない兵士の評判は良かったと言えた。

 ベトナム戦争という大規模な戦争中にも関わらず、7.62mmから一回りも二回りも小さい5.56mm弾をアメリカ陸軍が採用できた理由はアメリカ工業力の底力だろう。あと、機関銃弾とライフル弾は同一な方がいいというのは上で書いたが、これは普通の国では機関銃弾は現地の基地でベルト結合したりするが、アメリカ軍だけはベルトリンクの機関銃弾はあらかじめ結合した状態でしかも弾薬箱に入った状態で戦場に送っていた。給弾ベルトも弾薬箱も使い捨てで補給はまた弾薬入り弾薬箱を受け取ればそれで良かったから必ずしもライフル弾と銃弾を合わせる必要はアメリカ陸軍にはなかった。
 ただ、採用した理由はいくつかある。ドイツ・ソビエトのように薬莢全長を短くして反動を落とす方式にすると、どうしても初速が遅くなって弾道が山なりになりやすい。これは命中精度に大きく出る。M16の狙撃ライフル型が作られてAK47の狙撃ライフル型が作られなかったのはこれが理由の1つなのだろう。また、射撃実験をして分かったことであるが、人体ゼラチンへ撃ちこんだ実験ではAK47の弾は30cmまではほぼ直進した。これは人体に命中しても貫通することを意味する。実際、死んだ生き物(馬など)にAK47の弾を撃ちこんだ試験では拳銃弾とあまり変わらない傷しか負わせられないこともあったという。対して小口径高速弾であるM16A1の弾ではいくら柔らかい物質とはいえ、高速で弾がぶつかるために銃弾自体が変形を起こして、命中してから10cmあたりで爆発するような現象(銃弾が四散する)がおこった。つまりは人体の胴体部分に命中したら内臓破壊は大だし、頭に命中したら頭が爆発することになる。つまりは人体を狙うだけなら小口径高速弾のほうが破壊力は上だった。
 ただ、これは近距離での実験であり、小口径の軽量弾は距離が進むにつれて速度が急激に低下するので200mを超えたあたりから威力関係はAK47と逆転してしまう。また、小口径軽量弾は横風に弱く、これまた200mを超えたあたりから、強風下での射撃はM16A1突撃ライフルの命中が危ぶまれるとされた。AK47では横風はよほど強力でないかぎりは影響なしとされている。しかし、実際には上で書いたようにベトナムのジャングルでは200mを超えての狙撃があまりなかったように、銃撃戦でも200mを超えての応戦は稀だった。そのためM16A1突撃ライフルが採用されて使われ続けたのだろう。
 また、ベトナム戦争以前のライフル弾は機関銃と共用できるのが望ましいと書いたが、これは、対空用や対軽装甲目標も念頭に入れたからだが、歩兵用の携帯対空ミサイルの開発・発展や対戦車ミサイル・ロケットの発達によってライフル弾に要求されるのは対人目標のみという現実的な理由もあったろう。

 前置きがバカやたらと長くなったけど(笑)、M16A2突撃ライフルはベトナム戦争で使用されたM16A1突撃ライフルの改良型で、大まかに変わった点を言えば

1:ストックの材質がプラスチックからナイロンに変わった
2:ストック全長が1インチ長くなった
3:フルオートをなくして3点バーストにした
4:グリップにフィンガーレストを設けた
5:ハンドガードが三角型から丸型になった
6:リアサイトがAR10のような物がついた
7:排莢口の後ろに薬莢用のリフレクター(出っ張り)を追加した
8:マズルサプレッサーの形状を変更した
9:使用銃弾をM193からSS109にした
10:銃身のツイストが12インチで一回転から7インチで一回転になった
11:銃身肉厚が厚くなった

 1の理由はベトナム戦争の戦訓によるもので、プラスチック部品は激しい戦闘で割れやすいために、弾力性があって強度があるナイロン製にかえられた。

 2の理由はM16A1のストック長さが多少短かったからということだろう

 3の理由は無駄弾を撃たないようにという措置だが、乱射乱撃をしまくるアメリカ兵にとっては必要な措置なのだろう。また、乱射してやたらめったらな場所に銃弾を撃ちこまないための措置だと主張する人もいる

 4の理由はプラスチックのグリップだとどうしても中指だけに負担がかかるからだろう。電動ガンしか握ったことがない人にはわからないだろうが、実銃のM16A1のグリップは意外と細く、アメリカ兵の大柄な手ではもてあますんじゃないかと思えるぐらいに細い。だから、M16A2のフィンガーレストは結構しっくりくる。

 5の理由は持ちにくい(手が滑りやすい)というベトナム戦争からの戦訓だが、もう1つの目的として、部品の共通化があった。M16A1のハンドガードは左右に分割できて、これは当然左右の形状は異なるが、M16A2は上下に分割できて、これは上下とも同形状同寸法の部品になっている。そのために手配する際も上だの下だの書く必要がなく補給部の人間も多少は楽になった。

 6の理由はエレベーション(着弾点の上下変更)を手元で行えるようにするためで、M16A1ではウィンテージ(着弾点の左右変更)のみが照門(リアサイト)で可能でエレベーションは照星(フロントサイト)で行うようになっていた。ようは別個で行っていた上に素手での調整ができず、銃弾1発を工具として必要とした。照準補正は戦闘射撃時にもやはり必要になってくるので(毎回同じ距離の敵を射撃するわけではないし、風も毎回同じ方向に同じ風量の風が吹いているわけではない)こうした措置が必要だったのだろう。後で述べるがM16A2は有効射程距離が伸びたのでエレベーションが手元でできないのは問題となったのだろう。

 7の理由は普通の銃器は排莢が右側だが、左利きの射手が射撃をした場合、目の前で排莢が起こることになる。それだけならいいが、その薬莢が自分の顔面に飛んでくる場合がたまにある。これはエキストラクターがボルトと連動して後方に動いて薬莢が排出されるからで、ガイドに上手く当たらないと横に飛ばない。実銃を撃った事がある人ならわかると思うが、射撃直後の薬莢は結構熱いので(水ぶくれはできないが、当たった個所がプチ火傷して赤い痕がしばらく残る)これは問題となった。そのためのリフレクターを装着している。

 8の理由はM16A1型では鳥かごのようなマズルをしており全周に縦長の穴があいていた。M16A2では下側の穴が塞がれている。理由は、上のみに発射ガスを噴出させて銃口の跳ねあがりを抑えるためと、下に発射ガスが出ると地面に当たって埃が舞うがそれを防ぐための意味合いがある。

 9から11の理由は連動しているので同時に説明する。M16A1の使用弾薬はM193という弾薬で、レミントン社が開発したバーミントタイプカートリッジだった。民間用のがそのまま使用されていたが、さすがに軍用で使う分には破壊力・射程ともに不足していた。SS109はベルギーのFN社が開発した弾薬でM193と外見上では変化がないが銃弾構造に変化がある。SS109は先端部分を軽くして銃弾底部を重くしている。これは人体に命中した際に、慣性で銃弾底部が先に進もうとするので、弾が回転してより人体のダメージを大きくする。ちなみにこの弾薬はアメリカ軍ではM855と呼称されている。
 弾薬変更に伴い、ライフリングのツイストを12インチで1回転から7インチで1回転にした。ようはツイストをきつくしたのだが、その理由は、弾頭が3.6gから4gへ多少重くなった。弾頭が重くなるとより回転をかけてやらないと弾道が安定しない。コマが強く回転をかけてあげないと回らずコケてしまうのを想像すればだいたい分かると思う。ツイストをきつくすると初速も上がる。回転で弾頭が銃身を移動中によりガス圧が高くなるからで、そのために有効射程もM16A1の200mから600mまで上がったといわれている。
 ガス圧が高くなるという事はより銃身に負担がかかることを意味する。そのためM16A1と比較してかなり肉厚な銃身が使われるようになった。そのために全体的に700gほど重量が増したのは仕方がないことだろう。


 M16A2は1980年代中頃からアメリカ軍に配備されだして、1990年に起こった湾岸危機までには第一線の兵士すべてにM16A2が行き渡った。翌1991年1月からアメリカ軍を主力とした多国籍軍はイラクを空爆、湾岸危機は湾岸戦争へと変わった。3月には地上部隊がイラクに突入した。当然ながらアメリカ陸軍はこのM16A2を手にとって戦った。航空戦と戦車戦で完膚なまでに叩きのめしての歩兵戦だったし、イラク軍に大義がないのはイラク兵も承知だったからイラク兵に戦意はなく各地でイラク軍は降伏しフセイン大統領も停戦を受け入れ、100時間の地上戦は終わった。
 M16A2は活躍したとは言えなかったが、歩兵にとって大事な命綱に違いはなかったのは想像に固くはない。特に欠点も露出せずによく戦ったといえるだろう。

 ただ、この戦いである欠点が出た。M16A2に限らず、M16シリーズはボルトの真後ろにストックがそのまま出ているので反動がガツンと真後ろに来て撃ちやすいし命中精度もいい。しかしストック位置が高いので、自然と照準線も高くせざるを得なくなる。機関部上にあるキャリングハンドルも意図して作ったものではなく、照準線を高くせざるを得なかったがためにそうなったのであって、その肉抜きだと言える。そもそも戦場ではこのキャリングハンドル持って移動などしない(したら怒られる)。
 歩兵部隊の優等射手にはスコープが支給されて、歩兵戦闘で狙撃任務(機関銃を持った兵士を狙うなど)を負う場合もあった。そのままスコープを装着すると余計に照準位置が高くなって照準ができないのでチークピース(頬当て)も一緒に支給されたが、これではスコープが壊れたときにとっさにオープンサイトでは狙えなくなる。また、湾岸戦争のみならずその後の戦いでは夜間戦闘も多数起こるようになった。特に相手が装備が悪いゲリラの場合は世界一夜間装備がいいアメリカ軍は夜間戦闘を行ったほうが分がいい。暗視スコープをM16シリーズに乗せると、やはり照準位置が高くなって狙いにくくなる。チークピースがあればそれで解決できるが、やはりスコープ位置と銃身は近いほうが命中精度が高くなる。M16A2の改良型であるM16A3はこうした理由からキャリングハンドルを着脱可能にしてスコープをその位置に装着可能なようにした。これでチークピースもいらずにスコープなり暗視装置なりで狙えるようになった。