89式小銃
性能:

全長      916mm
銃身長     420mm
重量      3.50kg
使用弾薬 5.56mm×45
装弾数     20・30
連射速度650〜850発/分
初速      920m/s

 本銃の制式名は89式5.56mm小銃である。本文では89式小銃と呼称する。

 日本の銃器市場は活発とはいえない。鎖国をしていたせいもあってか銃器後進国のまま明治維新を向かえ、銃器に限らず工業面・技術面など全ての面で追いつけ追い越せの明治政府のヨイショもあったが、今をもって追いつくことはできても追い越すことはできなかった。また、日本では治安面の問題で一般市民に銃規制が世界一厳しくかかっていて、開発しても売れないのだから意味がないという面もあるだろう。

 日本の銃器で輸出が成功したといえば38式歩兵銃がある。この銃の口径が6.5mmと他国に比べて撃ちやすいし命中精度もいいという評判から百万丁以上輸出されたと言われている。逆をいえば、38式歩兵銃以外はほとんど売れなかったと言える。売れなかった理由として、日露戦争以降、数年おきに間髪的に戦争していてただでさえ工業力が劣った日本に輸出する余力があまりなかったのと、これが一番の理由だろうが他国に性能面で勝てなかったからだろう。輸出自体は頻繁に行われていたが、昭和期に明治時代の大砲を輸出したりと廃品同然のものを安価で売っていた場合も少なくなかった。

 太平洋戦争が終わり、アメリカに完膚なまでに叩きのめされた日本の兵器開発は禁止された。ただ、昭和25年に朝鮮戦争が始まりアメリカ軍が大量に朝鮮半島に出向いたせいもあり警察予備隊(後の自衛隊)が編成されたり、翌昭和26年にはサンフランシスコ平和条約が締結され名実ともに独立国として認められた日本は兵器産業も復活していったが現実にはアメリカの兵器体系に順ずることにた。昭和30年代になると日本独自の兵器もぼちぼちと開発・完成をとげていった。歩兵用ライフルでいえばM1ガーランドライフルから日本独自の64式小銃に切り替わり始めたし、日本独自の形状となった74式戦車もこの頃に開発が開始されている。

↑折りたたみストックの89式小銃。
 その軍需産業が発展して外国から認知されたからかはわからないが、日本で昭和42年から愛知県にある豊和工業でアーマライト社のスポーツライフルのAR-18がライセンス生産された。総計約20000丁が作られたとされる。日本でライセンス生産した理由は、この当時の情勢(ベトナム戦争の激化と突撃ライフルのM16がアメリカ陸軍に制式採用されて猛生産されてアメリカ国内での生産余力がなかった)だからとしか思えないが、今では考えられない。日本でも武器輸出の禁止が建前である以上は輸出が難しく、数年後にはイギリスのスターリングアーマメント社に生産拠点が移された。豊和工業が自粛したとも言われるし、豊和工業で生産されたAR-18がIRAのテロに使われたのが確認したために政府が輸出を禁止したとも言われる。ちなみに昭和42年の出来事といえば、羽田闘争といわれる流血の学生闘争が行われていた。少し時代は飛んで昭和37年の堀江謙一さんのヨットでの太平洋横断成功を日本のマスコミは「人命軽視の暴挙」と書きたてた時代である。普通に考えてもまともな輸出などできなかっただろう。
 ただ、豊和工業でのこの生産は5.56mm口径のライフル生産能力というノウハウを獲得した。これが89式小銃の完成に大きく役立ったと言われている。

 後に89式5.56mm小銃と制式化される本銃の設計開始は昭和41年とされる。ただ、この当時は自社開発という段階で防衛庁から依頼があったというわけでもなかったらしい。もしかしたら翌年から開始されるAR-18の生産を睨んでいたのかもしれない。
 開発はのんびりと行われていたのか試作ライフルが完成したのは12年後の昭和53年になってからだった。本銃は仮にHR10と呼称された。もしかしたらAR-18の量産が軌道に乗ってから開発が本格的に行われたかもしれない。たしかに、89式小銃の機関部はプレス加工で作られておりこれはAR-18の生産方法からノウハウを得たと言われている。
 昭和55年にはさらに軽量型のHR11が完成。この2つは防衛庁技術本部でテストされ、いろいろな指摘事項を受けた改良型であるHR12が昭和60年に完成して再テストされた。ここでもいくつかの指摘を受けて改良をうけたHR15が昭
和62年に完成した。ちなみにHRとは「Howa Rifle」を略したもの。
 HR15は固定ストックだったが、これに折りたたみストック型も加えられて平成元年9月4日に89式5.56mm小銃として制式採用された。

 使用銃弾である5.56mm×45弾も平行して開発されており、これは旭精機工業で行われた。普通弾と曳光弾(自衛隊では「えい光弾」と曳をひらがな表記している)と空砲は89式小銃と同じ日に採用された。ちなみに89式小銃の使用する弾はこれら3つの他に擬製弾もある。普通弾の型式は「AK58J」、曳光弾は「AK59J」で(空砲は不明)AK1からAK57までいくつも改良が加えられたと想像できる。
 ちなみに、この弾薬は普通弾・曳航弾ともに、1箱20発入りの小箱に収納されこの小箱を36箱を金属缶に収納しさらに金属缶2つを木箱に収納した状態で防衛庁に納入されている。木箱1つで1440発となる。89式小銃は30発弾倉が主流なのになぜ1箱20発なのかはよくわからない。
 89式小銃に使う普通弾は弾頭重量が4gで初速が922m/s(平均値)装薬は1.6g入っている。曳光弾は装薬量は1.6gと同じだが、曳光剤を入れる分弾頭が大きいために初速は860m/s(平均値)と普通弾と比べて少し下がる(曳光弾の弾頭重量は不明)。命中精度も普通弾では200ヤード(約183m)で70mm(検測用銃身を使用した場合。89式小銃は使用していない)に収まるのに対して曳光弾は105mmに収まるという試験結果で曳光弾の方が多少バラける。
 陸上自衛隊では89式小銃用銃弾を扱う教育として、弾薬の入った缶から取り出す際は使用直前に行えとか、取り出しても、泥や土に付けるなとか、使用に際してはサビが酷かったら返納しろとか教育されるが、その教育の中に「弾薬を磨いてはならない」とも教えられる。磨いてはならない理由はよく分からない。

 89式小銃の作動方式はガスオペレーション方式でこれは各国の突撃ライフルと相違はない閉鎖方式を採用している。銃身前部上に小穴をあけてそこから発射ガスをボルト部分まで導いてから閉鎖を開放して排莢・次弾装填を行う。89式小銃のボルト部分は2つの部品に分かれている。ボルト本体(遊底)とスライドで発射ガスがボルト部分にピストンをがいして力がくるとまずはスライド部分だけが後方に動く。スライドのみの後退量は約10mmでこの10mmの後退時に遊底が22.5°左に(射手から見て)回転して閉鎖を解除する。その間に発射ガス圧は下がって安全な圧力のうちに慣性でボルトが後退するようになっている。

 セレクターは自衛隊独特の「アタレ」(アンゼン・タンパツ・レンシャ)の他に3点バースト機構もついている。左上から時計周りに「ア・タ・3・レ」の順番に90°ずつ刻印されている。このセレクターは他国の突撃ライフルと違って右側面についている。これはグリップを握る手を離してから操作するために安全性が増すからと言われているが、咄嗟の操作ができないだろうと想像できるから問題なのではなかろうか?
 3点バーストの機構はアメリカのM16A2のそれとは違う構造になっている。M16A2は歯車式で歯を3つかんだら射撃を停止する方式でこれはたとえば3発撃たないで2発射撃して止めた場合、次に引き金を引いた場合には1発しかでないという欠点がある。89式小銃はラチェット式になっていてラチェットの歯を3つ通過したらシアが働くような仕組みになっているが、途中で引き金を戻すとラチェットのかみ合いが解除されるので、もう1度引き金をひいてもちゃんと3発射撃できるようになっている。

 分解は容易に行える。分解組み立ては銃を扱う者にとっては最重要項目であり戦場でこれら技術の習得は自分の命に左右するから教育は念入りに行えるし、89式小銃のマニュアルにも最初の方のページに念入りに手順が書いてある。
 分解の手順は

・弾倉を抜いてボルトハンドルを引いて中に銃弾がないかを確認する。
・左手で被筒部(機関部上部)を保持して右手でセレクター上部にある突起部を押してつまみを前方(銃口部)に押す
・そうすると尾筒部が浮くのでこの状態で複座バネと複座バネ軸部を取る。これらはテンションが常にかかっているので注意しないと後方に飛び出る。
・この状態になるとボルト部は簡単に後方に引き出せるようになる。ただ左手を機関部上部できちんと握るように指導されているので挟まないようにと注意されている。

ここまで分解を行えば通常の掃除は行える。銃に以上がなくてもここまでは分解してメンテナンスや銃身掃除を行う。ただ、これ以上の分解も行える。手順は

・機関部は上部に銃尾機関部、下部に引金室部の2つに分かれているがこれを分離する必要がある。これは機関部前方にある引き金止め軸を外すことで分離できる。外すといっても抜き取ることはできず、引金室部で宙ぶらりんな状態となる。こうしないと戦場でピンを紛失する可能性があるからそういう機構になっている。このピンを外すのは先に分解した複座ばね部の細い棒で突っついて抜き出すようになっている。
・引金部室を分離したら、3点バースト機構部(制限点射機構部)を抜き出す。セレクターを「3」にして45度傾けながら抜き取る。
・この次はスライド留め部を外す。外すにはスライド留め部を130度回転させて、そのまま斜め上に引き抜く。
・この2つを外すと引き金部が外せるようになる。引き金部は5mmほど後方(銃床側)に引いてそのまま上に抜き取る。
引き金部を抜き取ったまま、折りたたみ銃床をヒンジ外しを押さないまま無理に伸ばしてしまうとヒンジ金具が破損するのできつく戒めている(折りたたみ銃床式89式小銃のみ)。
・被筒部(銃身覆い)を外すには被筒止め軸を外すと簡単に外れる。被筒止め軸は複座ばね軸でつついて外すようになっている。引き金止め軸同様に抜き取ることはできない。

 ちなみに、引き金部などももっと詳細に分解できるが割愛する。

 このように分解する時は、アメリカ軍のM16突撃ライフルのように銃弾を一切使用しない。たしかに自衛隊員は実戦や演習や特殊な歩哨任務など以外では実弾を支給されないからで、実弾がない状況でも分解できるようになっている。ここが設計した際の制約となった。
 分解自体は89式小銃の前身である64式小銃と比べると遥かに楽で、教育隊で64式小銃を分解結合の訓練を受けた隊員が部隊配備されて89式小銃が支給された時に歓迎された話もあるし、この時初めて「64式小銃は部品点数が多い」と実感した隊員も多い。口の悪い人は
「教育隊じゃイジメのためにわざと分解結合が難しい64式小銃で訓練させるんだ」
と言ったりもする。ちなみに、89式小銃はまだ全部隊にはいきわたってはおらず、イジメのためではないのは明らかだろう。
 掃除は射撃したらするのは当然だが、自衛隊では射撃を行ったらその日を含めて(たとえ射撃しなくても)4日間はずっと掃除をしないといけないと教育している。最初の3日間は清浄油で丁寧に掃除した後に最後に清浄油で塗油し拭き取ってはいけないことになっており、最後の4日目で拭き取るように指示されている。
 こうした整備は「A整備」「B整備」「C整備」に分けられる。A整備は通常、89式小銃を使用した都度行うもので、野戦分解して掃除するものと考えればいい。B整備は使用部隊の部隊長(中隊長の場合が多い)が保管状況を考えて行わせる整備でする内容はA整備よりも少しは詳しく整備をするが、B整備では弾倉と銃剣は手入れをしなくてもいい事になっている。C整備は3ヶ月毎に行う整備でA整備よりは綿密に整備を行うようにしている。丁寧に掃除をするのは当然だが、不必要に分解するなと戒めている。実際、必要以上に分解して戻せなかった隊員がいたのだろうか。

 照準部は照門(後ろの照準)と照星(前の照準)で行うのはどの銃器とも共通。エレベーション(上下調整)とウィンテージ(左右調整)は照門側で行える。銃手から見て右の転輪を回せば左右調整が行えて、左の転輪を回せば上下調整が行える。このため、照星調整は普通は不要だが、一応は照星の調整は上下のみ行えるようになっている。この辺はM16A2の影響を見て取れる。
 照門のウィンテージは戦場における風の調整にも行われる。当然、向かい風(12時方向の風)と追い風(6時方向からの風)の時は調整は考えない。1時、11時、5時、7時方向からの風の場合は半調整を行い、それ以外の風の場合は全調整を行う。計算式は

・射撃距離(100m単位)×風速(m/s)×(4÷15)=修正量

となる。たとえば1時方向から風速5m/sの風が吹いている戦場で300m先の敵を狙う時の修正量は

3×5×(4÷15)=4

となるが1時方向なので半調整だからその数値の半分が調整量となるので風が吹いている右に2クリック調整を行えばいい。風速の測定は射手が地面に落ちている草などを落として角度を測定してその角度から8で割った数値で風速を求めるようにしている。ただこの方法で確実な風速を測定するのは不可能で実際の所は射手のカンによる所が大きい。戦場では指揮官がおおよその距離や風向き・風速などの数値は指示するが最終的には射手個人に委ねられる。
 照門・照星共に夜間照準具がワンタッチで取り付け可能となっており、この点は気が利いている。

 射撃は通常は1発づつの射撃となるが、状況においては3点バースト射撃も必要になるし、状況次第では1つの目標に6〜10発一度に射撃することもある状況も有り得るとされる。89式小銃の連射限度は1分間に30発射撃する場合は14分間、1分に100発射撃だと2分間射撃が可能だとしている。
 あってはならないことだが射撃中には不発やジャム(銃弾や薬莢が詰まること)が起こる。不発の場合は射手は10秒ほど待って遅発がないことを確認して排出することになっているが、驚く事に89式小銃のマニュアルにはその規定はなく、不発は異物混入か手入れ不良が原因と書かれている。今では遅発は起きないということなのだろうか。とにかく射撃できない状況になった場合は自衛隊のでは64式小銃からの伝統である

「叩く」「引く」「放す」「狙う」「射つ」

で大部分の故障は排除できるとしている。詳しく言えばは、弾倉底部を叩いて、ボルトハンドルを引いて放して、素早く敵に狙って撃つ!。これで射撃は継続できるとしている。これでも射撃ができない場合は

「下ろす」「見る」「引く」「探す」「排除」

を行うようになっている。詳しく言えば、肩付けで構えている銃を下ろして、スライドの閉鎖状態を見て、ボルトハンドルを引いてスライド止めを上げてボルトを固定した後に故障箇所を探して原因を究明しその故障を排除する。ちなみに、89式小銃のマニュアルのトラブルシューティングでは射撃時の故障の原因は大抵「手入れが悪い」とされている。

 空砲を発射する際は空砲発射補助具を取り付ける必要がある。取り付け方法は、空砲発射補助具に締め付けナットを付けてそれを銃口部に装着すればいい。装着にはレンチが必要になる。M16A2突撃ライフルの空砲アダプターは見た目ですぐに分かるが89式小銃は消炎器に隠れるので見た目の変化はほとんどないので演習にはいいだろう。ただ、これは欠点でもあって、見た目でわからないので、空砲発射補助具をつけたまま実弾を発射してしまうことも有り得る。当然ながら自衛隊では管理の徹底を教育する。


 89式小銃は平成16年度予算で1丁あたり33万8045円で納入されている。89式小銃の最大の欠点はこの値段の高さにあると言える。アメリカのM16A3突撃ライフルは1丁あたりだいたい8万円弱となっている。通常、給与ベースで考えた場合他国の主力ライフルはその国の新卒社員初任給の平均を越えることはほとんどない(レート計算で1丁1万円とかいうライフルもあるが、その国の新卒初任給は2万円とかそういうレベルが多いという理由)。日本の兵器産業は特殊で、競争もなければ輸出もしないのだから高いのはしょうがないといえばそれまでなのだが、なんとかならないのだろうか。