2号戦車(PzKpfw2)
全長:        4.81m
車体長:       4.81m
全幅:        2.22m
全高:        1.92m
重量:  8.9t(全備重量)
装甲:    最大14.5mm
乗員数:        3名

左写真は灰塵KSRさんから提供していただきました。どうもありがとさんです≦(_ _)≧
武装:20mm機関砲×1
         (180発搭載)
    7.92mm機関銃×1
         (2550発搭載)
動力:マイバッハ
    140馬力ガソリン機関
走行性能:最大速度:40km/h
       航続距離:200km
総生産台数:約1600両

(上記データは2号戦車C型のものです)
 2号戦車の開発の目的は1号戦車と同様に訓練用だった。ただ、1号戦車と違うのは20mm機関砲を搭載していたという点でこれは徹甲弾と榴弾を撃てたものの、口径20mmでは榴弾の威力などたかが知れている。主に戦車用や陣地用と判断するのが正しいだろう。また、企業の戦車製造能力を高めるという意図もあったかもしれない。実際、20mm機関砲の俯角仰角の調整は人力ではなく油圧の筒での作動となっていた。
 2号戦車は上で書いたように訓練用だったけども、本格的な戦車である3号戦車や4号戦車の生産が遅れていた。1939年9月時点で3号戦車は100両ちょっとしか完成しておらず、第一線部部隊への配備数は96両でしかなかった。4号戦車は196両が第一線配備されていた。そのため2号戦車はポーランド戦では主力として活躍した。ただ、20mm機関砲は敵戦車には威力不足で、2号戦車の装甲は敵の対戦車砲のボフォース37mm砲に対しては無力だった。
 余談ながらポーランド戦時点でドイツ戦車の国籍マークは白い十字で、ここが絶好の照準点となっていた。ようは対戦車砲の照準マークをここに合わせて射撃していたのだった。そのため、第1次ワルシャワ総攻撃(9月9日)では多くの2号戦車が対戦車砲の餌食となった。攻撃に投入した120両のうち3時間の戦闘で57両を撃破されてしまっている。
 それ以降の戦いでは3号戦車や4号戦車の生産・配備も進み、フランス戦までには主力から外れ、偵察や連絡任務に従事するようになった。それ以降は完全にお役御免となり1942年12月までには最終生産型のF型の生産が終了される。ただし、そのままスクラップは勿体無いという事で、2号戦車の車体を利用した自走砲などが多く作られた。


※2号戦車のバリエーション(一部です)

 2号戦車A型・B型:
試作車両と思われる。詳細は不明

 2号戦車C型:
 増加試作型。試作型ながら結構な数が作られたらしい。ポーランド戦で活躍したのはこの型

 2号戦車D型・E型:
 騎兵用戦車。最大速度を55km/hまで増大させている。いささか無茶な改造をしたようで、道路を走る分には問題なかったけども、道路外の走行では故障が続発したとされる。D型・E型はどこが異なっているのかは不明。

 2号戦車F型:
 2号戦車の量産された最終型。前面装甲を35mmにしたタイプで防御力はかなり向上した。しかし武装はそのままで、やはり偵察・連絡任務ないし対歩兵戦でないと勝ち目はなかった。そのままではどうにもならなかったものの、後に自走砲に変身して活躍する事になる。重量が9.5tと重くなったため機動性が悪くなったと思われるが詳細は不明。

 2号戦車G型:
 2号戦車の最終型。しかしこの時代(1942年12月)になってくると軽戦車というジャンル自体が時代錯誤となっていた。そのため、G型の生産は少数にとどまった。詳細は不明。


 2号15cm33型自走重歩兵砲:
 名前は仮称。2号戦車の車体を長くして(5個転輪が6個に増えた)33型11口径15cm砲を搭載した型。1号戦車改造型と違って、砲をそのまま載せる構造ではなく、2号戦車を改造してるだけあって、車高はかなり低く抑えられている。12両しか生産されなかったものの、北アフリカ戦線に全てが投入されている。しかしたかが12両では活躍は知れたものではある。

 76.2mm対戦車自走砲:
 1941年6月のバルバロッサ作戦でドイツ軍はソビエトになだれ込んだものの、ソビエト戦車のT-34やKV-1といった強力な戦車に悩まされていた。有効な対戦車兵器が無かった当時、2号戦車D型の車体にソビエト軍から捕獲した76.2mm対戦車砲を乗せた。201両が改装を受け戦場に赴いた。無論捕獲兵器では補給が続かないので、自軍の48口径75mm砲搭載の装甲車両ができる穴埋めとして使用されたものの、急造のわりには結構活躍したという。ただし、対戦車砲をそのまま乗せて装甲板で覆っているので、全高が2.6mと結構高い。制式名称は不明だけど、下で述べるドイツ軍制式の75mm砲搭載型を「マルダー2」と呼称するので、もしかしたら「マルダー」と呼ばれていたのかもしれない。

 2号対戦車自走砲”マルダー2”:
 2号戦車に48口径75mm砲を搭載した。上の76.2mm対戦車自走砲に比べて、本格的な作りになっていて、全高も2.2mと相当抑えられている。装甲板で覆われていたものの、上はガラ空きで、対戦車戦闘で使う分には支障があったのではないかと思われるが、砲の威力は戦車並みなので、それなりに活躍している。下のヴェスペと共に2号戦車をよみがえらせた成功作といえる。

 2号自走榴弾砲”ヴェスペ”
 恐らく2号戦車としてはもっとも成功したタイプ。詳細は別項に譲るとして、このヴェスペは105mm砲搭載の自走砲で、急造ながら、部隊からの評判はよく、ヒトラーも2号戦車は全てこのヴェスペにするようにとの指示を出している。1944年7月までに676両が生産されて、全戦線で使用された。


 なお、同じ2号戦車の名前で”ルックス”というのがありますが、これは明らかに違う車体なので、紹介は省きました。ご了承ください。


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