冥王星
Pluto



↑ハッブル宇宙望遠鏡で見た冥王星(左)と衛星カロン(右)。
地球で一番見える望遠鏡で見ても冥王星はこうにしか見えない。
それだけ遠く、また、小さい天体である。


冥王星の情報
赤道半径
1137km
軌道半径(平均)
39.45AU
質量(地球=1)
0.0023
密度
2.21g/cm3
赤道重力(地球=1)
0.07
自転周期(地球日)
6.387日
公転周期(地球年)
247.80年
赤道傾斜角
120°
脱出速度
1.2km/s
 冥王星の発見の歴史・・・それは執念の歴史でもあった。

 海王星の発見は、天王星の摂動(重力がもたらす軌道のズレ)で発見された。これで天王星の軌道は計算とだいたい合致するようになったが、それでも完全ではなかった。肝心の海王星ですら計算した軌道よりもズレが生じていた。
 軌道のズレは海王星よりも外側にもう1つ惑星があればその説明ができた。20世紀に入り、実業家であり、火星に魅せられて天文学者になったという異色の経緯をもつパーシバル・ローウェルが天王星や海王星の軌道計算を行い、海王星の外側にあるであろう、惑星の存在を予言した。ローウェル自身はハーバード大学で数学を学んでいたため素人の計算ではなく、寧ろヘタな天文学者よりも計算は得意だったといえる。この予言した惑星は「惑星X(わくせいえっくす)」と呼んだ。ちなみに、「X」とはローマ数字の10ではなく、unknownのXである。

 ローウェル自身、1915年に冥王星の位置を計算によって予想しており、冥王星探索を行ったが、見つけることはできなかった。また自身の寿命にも勝てず1916年11月に61年の生涯を終えた。余談であるが、この時の計算で求められた位置とは非常に近く、当時の最新技術だった天文写真(天体望遠鏡と写真機をくっつけて撮影する装置)でも冥王星は写っていた。ただし、当時は恒星と思われており、これが冥王星だと気づいたのは後のことだった。
 ただ、その執念は後にローウェル天文台に勤務したクライド・トンボーに引き継がれた。ローウェルの遺産である天文台と天文写真機、そして惑星X発見の執念をもって1929年より惑星Xを探し出した。ちなみに、トンボー自身のローウェル天文台への出仕は1929年前後であり1916年に死去したローウェル自身には会っていないと考えられる。いくつかの本で「ローウェルの弟子のトンボー」と記載されることがあるが、実際の師弟関係ではない。
 トンボーは観測を行ううちに小惑星をいくつも発見した。その数、じつに14個。惑星X発見以前にもすでに4個も発見している。惑星は当時の常識として、黄道面を運行していたので黄道面のみを探索していたための副産物だと言える。
 探索方法は黄道面付近のを観測して写真撮影を行い、数日後に同じ場所をまた写真撮影して、その2つの写真を見比べて動いている星がないかを見つけるというもので、言うのは簡単だが、天球は広いので、気の遠くなる作業だった。トンボー自身、冥王星発見までに実に700時間も写真とにらめっこしたという。

 1930年2月18日にトンボーはついに2つの写真を見比べて動いている星を発見した。1ヶ月前の1930年1月23日と1月29日の写真を比較して発見したものだった。ローウェル天文台では確認を行った後に同年3月13日にハーバード大学天文台に発見の報告を送った。その経緯から、小惑星登録センターでの発見日は1月23日とされるが、冥王星発見日は一般には2月18日とされる。

 英名「Pluto」と命名したのは当時11歳の少女であった。プルートとはローマ神話の冥界の王である。日本名の「冥王星」の訳名は野尻抱影氏が行った。ちなみに彼は天文学者ではなく文学者である。冥王星の名前は京都天文台では即座に採用されたが、東京天文台ではなかなか採用されなかった。当時の東京天文台では「プルートー」と長らく呼ばれ続けた。東京天文台で「冥王星」の名が採用されたのは太平洋戦争真っ只中の1943年からである。東京と京都で名称が違うのは対立感情でもあったのだろうか。そういえば、Planetの訳名も東京では「惑星」、京都では「遊星」と別々に訳されていた。ちなみに中国でも「冥王星」と呼ばれている。海王星と天王星の名は中国から輸入されたが、日本での名前が中国に輸出された珍しい例でもある。

 ついに惑星Xが発見された。地上からの測定では大きさは天王星級ほどではないが、地球ほどとされた。これで天王星、海王星の軌道のズレもこれで解明できると思われた。
 しかし、観測を続けていくうちに冥王星の大きさは下方修正され続けた。向上していった望遠鏡で観測していくうちに、冥王星が雪だるまの形に見えたこともあった。1978年にアメリカの天文学者であるジェームス・クリスティが冥王星の衛星「カロン」を発見した。冥王星とその衛星「カロン」を一緒に見ていたために冥王星が実際よりも大きく見え、また雪だるまの形状に見えたりもした。あまりにも遠すぎる上に近くを回っているので分離して見えなかったのである。
 ただ、これにより冥王星の質量が正確に求められるようになった。また、掩蔽(星の先にある恒星を隠すのを観測して、隠れてまた顔を出す時間を正確に求めればその星の直径が分かる)の観測によって冥王星の直径も分かるようになった。カロンの発見以前までは当初の「地球ほどの大きさ」から「水星以上、火星以下」とまで下方修正されてはいたが、水星以上の大きさはありあくまで「惑星級」の大きさはあるとされた。しかし詳細な観測の結果、直径は2300km前後ということがわかった(水星の直径は4880km)。水星の半分以下しかなく、「惑星」と呼ぶには小さすぎるのではないかという意見も当時からあったが、この当時は冥王星クラスの大きい星が発見されておらず、一応は「惑星で一番小さい星」として認識されていた。

 これほど小さいと海王星の軌道に影響を与えることはなく、冥王星は惑星Xではないことが分かった。海王星の軌道のズレは探査機「ボイジャー2号」が解明した。探査機が海王星の近くを通過する際の加速を厳密に測定して海王星の質量を正確に測定した結果、今までの推定質量と実際の質量が最大で1%ほど違っていた事が分かった。つまり誤った数値で軌道計算をしていたためでありそれでは軌道が狂うのも当然の理と言えた。

 冥王星は惑星の地位を保持し続けてきたが、そんな状況も1990年代から変化する。1992年に冥王星の軌道付近を公転する「1992QB1」が発見された。直径は120kmほどと考えられており冥王星の惑星の地位を揺るがすことはなかったが、その後にこの宙域から続々と小惑星が発見されるようになった。特に21世紀になってから発見された星「Quaoar」(2002年6月4日発見)は直径が1200kmあると見積もられた。つまり冥王星以上の大きな星がこの宙域から発見される可能性は十分あった。
 2005年1月にパロマー天文台で1年ちょっと前(2003年10月)に撮影した天体写真に小惑星らしきものが写っていたのを確認した。その星は冥王星よりも遠い軌道を公転しており直径もかなり大きいと推定された。仮に2003UB313と命名されたこの星は観測していくうちに直径が2400kmと推定され、これは冥王星よりも大きなものであるという事が分かった。
 発見者は「この星が惑星でないならば冥王星は惑星ではない」と発見欲を隠さなかった。後にエリスと命名されるこの2003UB313の発見は冥王星が惑星でなくなる決定打となったのは間違いないだろう。

 2006年8月14日から、チェコ共和国のプラハで始まった国際天文学連合総会での当初の案は、冥王星はもとより、冥王星の衛星であるカロンと小惑星帯の一番大きな星であるケレスを惑星にしてはどうかという案もあった。ただ、ケレスを惑星の下限にすると惑星が多くなってしまうからか、最終的には冥王星は「dwarf planet(準惑星)」という新ジャンルのカテゴリーに分類されることになった。同じくして「惑星」「準惑星」の定義も決められることになった。

「惑星」の定義
・太陽の周りを公転している
・自己の重力で球形になっているほどに重量がある
・軌道上の他の星を排除している

「準惑星」の定義
・太陽の周りを公転している
・自己の重力で球形になっているほどに重量がある
・軌道上の他の星を排除していない
・衛星ではないこと

 冥王星は「軌道上の他の星を排除している」に該当しないため(この宙域には小惑星帯なみに星があると推定されている)「準惑星」と定義された。

 多くの人は「冥王星は降格した」と思っている。本当にそうだろうか?。今までは太陽を公転する星は惑星・小天体・彗星という限られた分類でしかなかった。分類が少ないのはそれで十分間に合ったからだと言える。しかし1990年代から海王星以遠(太陽系外縁)に多くの天体が見つかった(太陽系外縁天体と呼ばれる)。中には先に述べたように冥王星以上の大きさの星もあった。つまりこれまでの分類では立ち行かなくなったのだ。だから準惑星というカテゴリーが作られたのだ。冥王星は準惑星の中でも大きい部類で代表格であるといえる。しかも最初に発見された太陽系外縁天体である。その地位は揺るがないだろう。

 また、冥王星が惑星でなくなった事は一般人にも影響を及ぼしたといえる。冥王星は地球から見と15等級の星に見える。この15等級の星を見るには口径50cm以上の望遠鏡が必要となる。市販されている望遠鏡はせいぜい26cmクラスが上限であり、冥王星は唯一、惑星の中では一般人には縁が遠い星でもあった。しかし冥王星が惑星でなくなると同時に「惑星」が一般人にも身近となったといえる。惑星で一番遠い海王星でも8等級であり、肉眼では見えないが、双眼鏡でも見ることができるからである。
 
 
 冥王星の探査は2008年現在、1度も行われていない。遠すぎるという理由もあるが、探査する意味がないとされた理由もある。ボイジャー1号は土星探査の後に「タイタン(土星の衛星)探査」「天王星・海王星探査」「冥王星探査」の3つの選択肢があったが結局は前者が選ばれた。後者2つが選ばれなかった理由の1つに「そこまで探査機自体がもつ(壊れない)保証がなかった」というのがあげられたように飛ばした所で探査機がもたないからという理由もあったろう。
 しかし上で述べたように冥王星付近には大量の天体がありその多くは太陽系誕生のままの形で残っていると考えられている。そのため太陽系の創成期を知る貴重な化石群であるとも言える。そのため、冥王星を探査する意義は格段に増えていったといえる。

 世界初の冥王星探査機「ニューホライゾンズ」が打ち上げられたのは2006年1月19日だった。管制費用などを全て込めた打ち上げ費用は7億ドルと決して安価ではないが、それでもボイジャー計画よりはずいぶんと低コストになったといえる。太陽から遠くを飛行するために太陽電池が使えず、そのため原子力電池を搭載している。冥王星までの距離になると通信速度が劣化するため、8GBほどのフラッシュメモリーを搭載して、画像などのデータを一旦、このメモリーにプールして送信するという手法をとっている。ボイジャー号でスペクトル拡散方式で画像データを送信したように、そのために新技術を開発して搭載するという手間のかかる方式から(スペクトル拡散方式の送信は後に軍用技術に転用されてはいるけど)既存の技術を応用する手法は安価に仕上がるという利点はある。もとより、民生技術の進歩が著しいという点もあるだろう。
 ニューホライゾンズは順調にいけば、2015年6月頃には鮮明な画像が送られてきて、同年7月14日20時47分(日本時間)には冥王星に最接近する。








ハッブル宇宙望遠鏡で見た冥王星(左)とデジタル処理をして詳細な地形を表した冥王星(右の大きい方)。
暗い部分は低地で明るい部分は高地と考えられる。
冥王星も小惑星同様に、平坦ではなくクレーターが多数あると考えられる。

処理をしてもここまでしか分からず、しかも、最高峰の望遠鏡であるハッブル宇宙望遠鏡をしてでも
左のようなドッド絵のような図でしか地球からは見えないのである。





ハワイにある、日本のすばる望遠鏡からみた冥王星とカロン。
赤丸は実際の大きさ。
世界最高の地上望遠鏡からみても光がぼやけて見えるのがわかる。
長らく冥王星とカロンが1つの天体と認識されていたのも分かるような気がする。





冥王星とその衛星3つ。
左から冥王星・カロン・ニクス・ヒドラ。
ニクスとヒドラは冥王星探査機「ニューホライゾンズ」の打ち上げ後に見つかったために
フライバイ時の軌道のズレが心配されている。
もっとも、軌道に影響するほどの重力はないと考えられる。





冥王星の衛星「ニクス」上の想像図。
前に見えるのは大きい方が冥王星で、小さい方はカロン(の方が奥にある設定)。
冥王星の自転とカロンの公転は同期していると考えられている。
つまり、冥王星とカロンは常に同じ面を向けている事になる。
つまり、カロンは冥王星のどこからでも見えるわけではないことになる。





冥王星探査機「ニューホライゾンズ」の打ち上げ。
冥王星まで飛ばすために、打ち上げに使われたロケット「アトラス」には5基の補助ロケットが取り付けられた。
5基も補助ロケットが取り付けられたのは今回が最初である。
ロケットは3段式で、1段目の切り離し段階で10km/sの加速が行われ
2段目切り離し時には15km/s、3段目切り離し時には30km/sに達していた。
2段目のロケットはアステロイドベルトを遠日点とする人工惑星となり、
3段目のロケットは探査機と一緒に飛行し、太陽系を脱出すると見られる。
ここまで加速しても、木星到達時には21km/sまで減速する(太陽の重力のため)。
木星のスイングバイで22.68km/sまで加速して冥王星まで一直線に飛ぶが
それでも、冥王星到達時には13.78km/sまで速度は落ちる。
太陽の重力がいかに凄いかがわかるだろう。





冥王星探査機「ニューホライゾンズ」が冥王星を探査する想像図。
手前に見えるのが冥王星。雲のようなものが描かれているが、これは薄いながら窒素の大気があるので
それを反映しているため。奥に見えるのはカロン。
実際には冥王星とカロンの間をすり抜ける軌道を通るために、この図のような
シーンにはならないはずである。
太陽が映っているが、冥王星の距離となると太陽は明るい星の1つほどにしか見えないはずである。

この絵では今まさに冥王星に太陽が隠れんとしているが、これは実際のニューホライゾンズも行う。
太陽が隠れる=地球が隠れるということだが、それはニューホライゾンズの送信データ(電波)が途切れることを
意味する。その途切れる時間を精密に測定して冥王星とカロンの直径を精密に測定するのである。





戻る